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2011年4月19日 (火)

津波の記憶

次に大きな津波がくるのはいつの日か。

100年後?150年後?

それまでに人類はもっと強くなっているだろうか。

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小名浜港 岸壁に打ち上げられた船舶

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セピア色の粒子の粗い白黒写真でしか見たことがなかった津波災害。

今こうして目の前にある。

この大きな物体がいとも簡単に。

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中之作港

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いったい何人の人が

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流されたのか

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薄磯付近

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新舞子浜付近

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海水は引いたがどこか白っぽい田んぼ

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絶対無理と思っていた‘相馬野馬追い祭り’は規模を縮小して今年も開催すると

地元のTVが伝えていた。

男気を感じるな。

数少ないうれしいニュース。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あらためて津波の恐ろしさを感じる写真ですね。
特撮のようです
早く震災から立ち直って欲しいのですが時間が掛かるでしょうね(>_<)

中原さんの言うとおり、特撮か映画の中の出来事のよう。でも自転車で走れば2日で着く(最近体がなまってるから4日くらいかかるかも)距離の場所で起きたことなんですね。しかし、現物もすごいですが撮影の仕方のおかげでものすごい迫力を感じます。

中原さん
津波の発生は避けられないので
どうやってうまく逃げるかだと思います。

あの大きな船舶をいとも簡単に打ち上げるエネルギー。
この時はだいぶ片付いていましたが、それでも充分恐ろしかったです。

103さん
被災現場が落ち着いてきたというので行ってみました。
津波の恐ろしさを風化させてはいけませんね。

次に来るのはかなり先の事だと思いますが
こうやって残しておけば何かの役にたつと思いまして。
千葉県も被災したのに我が福島県も気にかけていただき
ありがとうございます。

私も今月の頭に相馬に行ってきました。
想像を超えた景色に愕然としました。
それと同時に、この現実は後世に伝え続けなければならないものだと思いました。

野馬追い開催ですか!
それは嬉しいニュースですね♪
観に行きたいなあ♪

ピナ男様、こんにちは。災害や戦争の記憶は、口伝えだと三世代、つまり祖父母から孫までが限界かと思います。実際に身内から聞いた事は心に残りますが、それ以上、上の世代の事は普通はどんな人間だったか何を言っていたか詳しく分かりませんよね。だから三陸でも過去大きな被害が出たのに再び悲惨な事になったのかなと。

今回は写真もですが、数多くの動画が撮られており、これが後世の人達に警告となって伝われば良いなと考えています。

豊間・薄磯地区もお気に入りの場所だっただけに、この写真で見る悲惨さ、何とも言葉に出来ない悲しみを感じます。
スポッツ

aoiさん
相馬野馬追いは今年は無理と思ってましたよ。
先日のTVで見た騎馬武者男性。

せまりくる津波から愛馬を逃がし命を救ったのはいいのですが
津波が原因で病気にかかり死んでしまったとか。

髭をたくわえ精悍な印象の男性でしたが愛馬を思い泣いていました。
毎年500騎ほどが甲冑姿で参加しますが今年はどれぐらいでしょう。

スポッツさま
何十年も何事もなく時間が経過すると人間は忘却するんですね。
でも大陸プレートはしっかり覚えている。
人間の時間と地球の時間尺度がまったくずれているのが大きいです。

ご先祖さまとなる我々は後世に伝えなければなりません。
救われるのは、昔と違って記録媒体がたくさんあり伝える手段が豊富だということでしょう。
海沿いを自転車で走るのが好きだったんですが、当分は無理ですね。

こんなに鮮明な画像で見ると、想像をはるかに越えた津波の凶暴さにあらためて衝撃を受けます。この残忍で無慈悲な自然の猛威から逃ごおおせた方々は、悲嘆に暮れとめどなく涙しながらも、未来へ向かって必死に進もうとしています。ただ現実にその未来は長く苦しい道のりであることもたしかなことです。そのような方々にどうか一日も早く平穏な日々が訪れますようにと祈らずにはいられません。
原発事故さえなければすぐ再興に向かって立ち上がれる福島県なのに、まったくもって困ったものです。早く原発事故収束への足がかりがつかめて、無事“相馬野馬追い祭り”が開催されるといいですね。

kojiさん
現地の写真を撮るにあたって単なる記念写真には絶対したくない。
被災した人を思えばそんなことできないです。

しかし記録として後世に残す。もしくは他の地域の方に見ていただくことができればと撮りました。
迫真の画像・映像は他にたくさんありますが、下手なアマチュアカメラマンでも
少しは使命感を感じた次第です。

特に福島県は原発ばかりで津波の報道が少なかったので撮りました。
震災直後と違い、この日は道路の瓦礫もだいぶ片付き奥まで行けるようになりましたから。
いまだに心の整理がつきませんこの震災。

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