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2011年4月

2011年4月26日 (火)

「JIN-仁-」

夕暮れ時のこと。

明らかに前を走る軽自動車の挙動が変だった。

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スピードは出てないものの対向車線を走ったり、中央の白線の上を走っている。

かと思うと大きく左側に寄り側溝に落ちそうになったり。

いわゆる蛇行運転。

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カーブの向こうから連続して現れた対向車は驚き急ハンドルを切って避けている。

これは危険だ。事故になる。けが人が出る。

そう判断した私はT字路で左右に別れた後、110番に通報した。

車のナンバーや特徴、状況を警察官に告げた。

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しばらくして携帯に着信音。

管轄の警察からだった。

震災の人員配置の関係で最初の通報は福島市で受けてるとのこと。

どうりで現在地を説明しても要領を得ないわけだ。

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「○○さんですね。先ほど通報していただいた車両ですが事故を起こしドライバーは

救急車で運ばれました。被害はありませんでしたか? ぶつけられた車が他にも

ありまして。」

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どうも酒を飲んでるか薬物をやってるかのような運転だったが結局、薬だったらしい。

それが合法か違法かは教えてくれないだろうし聞く気もなかった。

近頃そういうケースが増えているらしい。

家族が被災し精神が不安定になっている人が多いのだろうか、それとも他の理由か。

ドライバーは髪の長い女性だった。

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2011年4月24日 (日)

雷雨

久々の自転車ネタ。

でも震災がらみ。

前回は橋が被災し行けなかった四倉町方面へ。

部分的には海沿いの道を走れることを風サイクルさんに聞いた。

高校時代の同級生S君ち、昨年訪れた大谷競輪選手養成所は

無事だったのだろうか。

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出発前、‘俺ちゃんさん’が訪ねてきた。

ロッシンの組み上げが終わったとのこと。

細身のクロモリフレームはやはりかっこいい。

立ち話の後、出発!

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2011年4月22日 (金)

友からの電話

震災直後の安否確認の後、しばらくして今日友人から電話があった。

大学の時の友人で今は公務員として山梨県に住んでいる。

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「そちらの様子はどう?」

「何か足りないものはないか?」

「水、食料、医療品?」

「宅配便は動いてるよね? 何でも送るから遠慮なく言って!!」

そんなやさしい言葉を言ってくれるなよ。

涙が出るじゃないか。

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そして彼はこんなことも言ってくれた。

「もし逃げるなら、遠慮なく山梨に来てくれ。遠慮はいらない。」

やっやばい、ほんとに涙が出てしまう。

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「ありがとう、そっちこそ福島に遊びに来てくれよ」と言えないところが

原発の風評被害で苦しむ今の福島県の悲しいところ。

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仕事中に受けた電話で心が温まった一日。

‘神の火’で火傷した福島の原発が収束に向かうのはいつの日だろうか。

2011年4月19日 (火)

津波の記憶

次に大きな津波がくるのはいつの日か。

100年後?150年後?

それまでに人類はもっと強くなっているだろうか。

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小名浜港 岸壁に打ち上げられた船舶

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セピア色の粒子の粗い白黒写真でしか見たことがなかった津波災害。

今こうして目の前にある。

この大きな物体がいとも簡単に。

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2011年4月15日 (金)

届いたもの

有給休暇の今日 久しぶりに自転車乗り。

でも距離は散歩程度の約20kmだけ。

気持ち的に長距離はいろいろあって乗る気がしない。

相棒は1号機 ガリレオ号

チューブレスタイヤはリム打ちパンクがない分、少々段差があってもなんとかなるから。

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いわき市中央台高久地区 仮設住宅の建設が急ピッチ。

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避難されてる方も利用してるだろう自衛隊の野戦風呂

自衛隊には感謝、感謝である。

ピナ男も入りたかったが水道復旧したので遠慮した。

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2011年4月14日 (木)

余震で道路が寸断

何だか毎日のように余震が続く。

もう本震だか余震だかわからないぐらいの立派なやつが突如やってくる。

そのため、山を切り開いた切通しとか急な斜面ではがけくずれが多発している。

もう、いわき市は‘ツボ’にはまった形だ。

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道路も家も港も山もボロボロだ。

市民は疲れ切っている。

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4/12の余震、震度6弱。

スパリゾートハワイアンズのある常磐湯本町といわき市遠野町を結ぶ

御斎所街道で発生した。

車が1台巻き込まれているのが見えるがすでに救出されたようだ。

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同じ場所だが、道路のアスファルトがめくれあがっているのが見える。

しばらく復旧まではかかるだろうなぁ。

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2011年4月13日 (水)

また断水、そして停電

月曜日の夕方大きな余震がきた。

おかげで停電、断水となり職場は混乱。

各々ライトを持ちよるが何とも薄暗くて不便だった。

どこからかローソクも出てきた。(よく持ってたな)

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自宅はやはり断水だった。

震災から一か月で水道利用できたのは5日間。

ぬか喜びだったな。

相手は自然だから仕方ない。

また諦めの給水生活に戻る。

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余震続きでスタンドにはまた給油の列ができた。

前よりはかなり短いがそれでも30台ほど並んでいた。

聞いたら給油量が6~7Lの方も多いのだという。

いつまでこんな生活が続くのだろう。

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2011年4月12日 (火)

レベル7

とうとうあのチェルノブイリと並んだ。

最悪の原発事故。

FUKUSHIMAの名は世界中の人々に記憶されるだろう。

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国と東電が寄ってたかってふる里の大地を台なしにしてくれた。

農業、漁業、工業製品、観光、健康、経済・・・・すべてだめだろう。

おとなしい県民性と首都圏から遠くも近くもない立地条件があだとなった。

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ただちに健康に影響が出る恐れがないなどと・・・

ごまかすのもいいかげんにしてくれよ。

だったら10年後、20年後はどうなんだ。

子供たちの将来はどうなんだ。

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当時TVの特集番組でやっていたな。

遠い世界のことだと思っていたのに。

悪魔の病気にとりつかれたチェルノブイリ周辺の子供たちのいたいけな顔。

甲状腺ガンの可能性。

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国と東電の責任は限りなく重い。

2011年4月11日 (月)

地震酔い

夕方、震度6弱の強い揺れがきた。

震源地は福島県と茨城県の境界あたり。

直下で「ドン」という音とともにいきなりやってきた。

会社のPCが全部倒れてゴロンと横になっていた。

生きた心地がしない。

原発はどうなる?

外部電源は?

また津波が襲来するのか。

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付近は停電となり、信号が止まり渋滞発生。

それよりかなり前から雷鳴が轟き稲妻が光っていた。

どこかで火事が発生し消防車のサイレンが聞こえてきた。

そして、それらを全部体感していた‘おやじ’の私。

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「ん?」 

役者はそろったな。

地震・雷・火事・おやじ

冗談ではない、ほんとの話だ。

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あれから震度3~4クラスの余震がまじに数分おきに発生している。

揺れてなくても地面が揺れている不思議な感覚。

‘地震酔い’というらしい。

東北地方沿岸部はいったいどうなってしまったんだ。

地震の神様が暴れているのかよ。

酔い止めの薬でも飲みたい気分。

2011年4月 9日 (土)

悲しい記事・・・「福島県民お断り」

「ハア?」

信じられないような記事が新聞に載って思わず目がテンになってしまった。

今どきこんなことする人いるの、この日本に。

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福島民報 4月9日記事

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五十代主婦の投稿。

運送業の夫が仕事で静岡県に行った際、給油所に「福島県民お断り」の看板が

あったそうだ。

まさか!

ウソだろう。

コンビニやレストランの入店も断られたという。

もちろん放射能による風評を意識してのことだろう。

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これが同じ日本人のすることかと思う。

公民権運動時代のアメリカみたいだ。

ホテル、学校、公共機関、交通、結婚の分野で黒人を差別した暗い時代。

アパルトヘイト時代の南ア?

もしくは伝染病患者か 福島県民は?

被害者なんだぞ、自由に国内旅行もできないということか。

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ところで静岡県といえば、将来東海大地震が想定される地域ではないのか。

もし今度の大震災に匹敵するような大地震が発生して(起こらないで欲しいが)

中部電力浜岡原発が被災し静岡県民がまったく同じ立場になった時、

他県で「静岡県民お断り」という看板を目にしたらどう思うだろう?

それと同じことだ。

相手の立場に立って考えればわかるだろうに。

他にも車に落書きされたり、宿泊を断られたという報告が届いているという。

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福島県に住む人は何も悪いことをしていない。

福島原発で発電したすべての電力は首都圏に供給されている。

頼んで原子力発電所をつくってもらった覚えはない。

むしろ大多数の県民は原発は大迷惑だと昔から思っていた。

なのに県土は放射能に汚染され、いわれなき差別を受けている。

この記事が誤報であることを切に願う。

2011年4月 8日 (金)

風評被害

昨夜のNHKニュースウオッチ9を見ていて無性に腹がたった。

都内の建材メーカーがいわき市の運送会社に言い渡したという。

いわきナンバーのトラックで建材を都内に納入するなと。

仕方なく埼玉県で荷物を別のトラックに積み替えているのだという。

何たる無駄。

理由は放射能のイメージがつきまとうからだという。

でもそれって何か間違ってないだろうか?

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「( ´_ゝ`)フーン  だったら東京で原発やればいいんじゃない?」と即座に思った。

事故を起こした福島第一原発が発電した電力はすべて首都圏に供給されている。

一部立地地域を除き大多数の福島県民には何の恩恵もない。

何の恩恵もないのに膨大な被害をこうむり、放射能の数値に一喜一憂し逃げまどい

あげくに無理難題を押し付けられてはたまったものじゃない。

どっか間違ってる?私の言い分。

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どこの建材会社かぜひ名前が知りたいと思った。

東京都と福島県をくらべれば人口も富の集中も桁がちがうであろう。

政治経済の中心でもある。

しかし、人ひとりの命の重さは同じはずだ。

だったら東京で使う電力は東京でつくるのがスジであろう。

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志村けんのように 「だいじょぶだぁ、だいじょぶだぁ」

原発はこんなに安全で大丈夫だと昔から言ってきたわけだし。

(結果は違ったが)

長大な送電設備も送電ロスも少なくて済む。

原発の話はデリケートゆえ、あまり書きたくなかったが、先の建材会社のニュースを見て

我慢ができなくなってしまった。

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福島県に原発はもういらない。

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原発から20km圏内の遺体捜索がやっと始まった。

放射能が怖くて遺体捜索すらできなかった地帯だ。

震災から4週間もたつのに遺体の捜索すらこばむ原発っていったい何なのだろう。

2011年4月 7日 (木)

で、出たぁ~ 水が

私の地区でも水道が復旧しましたぁ~。

あの震災以来だから、ほぼ4週間ぶり。ヽ(´▽`)/

出先に家内が携帯で電話してきたほどだから主婦として余程うれしかったんだな。

主婦でなくてもうれしい復活。

帰宅後、早速入浴。

風呂ってこんなに気持ち良かったっけ?

嗚呼!あったまるー。 ちゃぷちゃぷとお湯遊び。

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ところで復旧までに全国からたくさんの支援・応援をいわき市はいただいた。

給水応援隊としては茨城県や埼玉県や関西からの水道マンたちが来福。

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遠く沖縄は名護市からもかけつけてくれた。

この地区も水が出たので活動終了かな。

このご恩は忘れませぬ。

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一時はどうなるかと思ったよぉ。

食料が一瞬でお店からなくなった。

ポリタンクがなくなった。

ペットボトルの飲料水がなくなった。

ならばと遠くに買い出しに行くのに車のガソリンが買えない。

たばこもなくなった。

放射能のレベルが高くなっても燃料がなく逃げることもできない。

ないないづくしの一か月間。

津波の被災地の方を思えば苦労のうちにも入らないだろうが勉強にはなった。

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近くの広場に展開していた自衛隊のお風呂部隊。

ぜひ入りたいと思っていたが水道復旧のため明日にも撤退か。

これで原発が収束してくれればと期待だけが膨らむ日々。

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2011年4月 5日 (火)

みっ 水が

出ません。

かれこれ3週間以上たちます。

勤務先からこんなのいただきました。

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鳥取 奥大山のおいしい水 10L入り。

水道局の復旧予定ではあと10日ほど。

ひたすら待ち遠しいこの頃。

給水所には埼玉や関西からの水道局が応援に来てくれています。

感謝、感謝です。

2011年4月 2日 (土)

震災と爪痕

東日本大震災から3週間が過ぎた。

いわき市内の我が家はいまだに断水中。

しかし被災した方に較べれば何ということもないだろう。

ところで‘あの日’からまだ一度も海を見に行っていない。

海に近い場所にある風サイクルさんのお店は無事と聞いてはいたが。

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新舞子浜にある被災した老人福祉施設  入所者の安否はどうなっているんだろう。

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少しづつ瓦礫のかたずけは始まっているようだが痛々しい。

TVで見た景色が広がる。

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2011年4月 1日 (金)

震災と暮らし

今度の震災で被害はほとんどなかった我が家だが、ほんの少し苦労もあった。

やはりライフライン。

<水編>

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断水のため深夜のいわき市浄水場の給水行列。

午前2時ごろまでポリタンクを手にした行列があった。

寒い、眠い、痛い(腰)が行列には不思議な連帯感を感じた。

4時間半並んだ記憶。

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水が貴重なのでトイレ用のは川で汲みました。

当然、私も。

ちょっと情けないが避難している方たちに較べればなんということもない。

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