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2011年1月 4日 (火)

奥州街道をたどってみる

福島市からいわき市に車で移動することになりました。

いつもの幹線道路をただ帰るのではつまらないので、江戸時代の道・奥州街道を

通っていくことにします。

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当時より道幅は広くなりアスファルト舗装はされているけれど

通ってみたい、いにしえの道を。

今回は福島市松川町(八丁目宿)~二本松市(二本柳宿)~二本松市街(城下町)

と北から南へ走ることにしました。

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漆喰の剥がれ落ちた古い蔵  二本柳宿

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自宅を出るとすぐに旧相馬道に出る。

相馬道を右折すると昔の旧八丁目宿の町並みが始まる。

突き当りのT字路を左折すると・・・・

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この辺の道はいつも朝練で走ってた道だ。

今まで知らなかったとはいえ、昔でいえば大動脈だった道。

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やや広い道に出る。 三島県令によって明治18年開通の陸羽街道だ。

ガソリンスタンドの信号を右折すると・・・。

そういえばこのガソリンスタンドは桜内さん。

江戸時代は名主であり、本陣だったようだ。

奥州各大名の宿泊記録が残る。

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クランク状になっている宿場町の町並み。

この先には八丁目城跡がある。

八丁目城は長く伊達氏の城だったが奥羽仕置きの時は、秀吉の検地令により

浅野長政が在陣していた。

ここのクランクを左折

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この辺は旧宿場通りの中心地。  遊郭もあった。

ここをまっすぐ進むと

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明治18年三島県令によってつくられた石橋‘めがね橋’が現れる。

さらに進みます。

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ウインド越しに三本の道。右手前は土湯方面への道

真ん中の道を右折すると奥州街道(江戸時代)、左は陸羽街道(明治時代)。

今日は奥州街道を進みますよ。

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だんだん らしくなってきました。

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ありゃま、道路改良工事中。あまり拡げるとイメージが壊れる・・・というのは

勝手な理屈ですね。

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右手にこんな建物が現れました。昔の養蚕農家でしょうか。

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いい曲がり具合

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けっこうな坂道が待っています。

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ここにも古い蔵があります。

この先は下り坂。

昔道は傾斜がきつい。馬や牛しかない時代は大変だったろうな。

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坂の上に標識が現れました。右へ行くと二本柳宿のようです。

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この場所には竹屋という竹製品を売る商家があったのか。

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現在の町並みですが、なにげに道幅が広い気がします。

宿場のメインストリート、道の真ん中には堀があり水が勢いよく流れていたそう。

なんで堀が真ん中なんだろう?

今では堀は改修され右側にU字溝として残っています。(残念!)

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昭和48年に改修され端っこに追いやられた堀

マイカー時代到来にはそれしかないですね。

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旧二本柳宿を後にして二本松の旧城下町に向かいます。

ここを右折

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右を見ると安達太良の山並み

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ここのクランクを右折

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すぐ左折  だんだん城下町っぽくなってきました。

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「智恵子抄」の高村智恵子の生家を通り過ぎクランクを曲がる。

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二本松の伝統家具の町。  

近くのお寺には14歳の少年隊士に刺されて死んだ長州藩士の墓がある。

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坂道の頂上を超えると長い下り坂  亀谷坂だ。

以前、ここをHIDEさんと自転車で上ったことがある。

幸田露伴の文学記念碑もある。

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あとで考えると自転車で走ったら楽しそうな道だった。

交通量も少ないし距離もほどほど。

ポタリングに最適かも。

春になったらほんとに自転車で走ってみたい。

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ちなみに旧八丁目宿から北の福島宿へ向かう昔道だが

ここも歴史ポタリングするのにおいしそうな昔道がある。

石の道しるべや道祖神もたくさんある。

ゆくゆくは本宮~二本松~松川~福島と旧街道を走ってみたいな。

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コメント

こうして“ピナ男さん”の撮られたところを見ていると、ところどころ記憶にあるところが出てきます。二本柳宿は中央に堀のあった姿を記憶しているのですが、それが“ピナ男さん”の記事から自分の頭の中で単に作り上げられたものなのか、少し不安があったのでネットで調べて見ました。現在の姿に改修されたのは昭和48年とのことですから、滑り込みでわたしは昔の姿をたしかに見ていたことになります。
『風の人:シンの独り言(大人の総合学習的な生活の試み)』というブログで確認できました。このブログ、“ピナ男さん”もご覧になったことがあるかもしれませんが、地元の歴史の宝庫のようであります。
(参考までに) http://kazenoshin.exblog.jp/
わたしはサッパリといっていいほど地元の歴史に疎いので、このような“ピナ男さん”の記事に触発されて少しずつ興味をもつのはとてもいいことだと思っています。
今年もまた自転車に歴史散策におおいにご活躍ください。どうぞよろしくお願いします。

ピナ男さんと、自転車走行した道も写ってますね~
また、今年も、一緒にはしりましょう!
happy02
ENDLESS HIDE

kojiさん
私もさっそくこの方のブログを拝見しました。
中身が濃いですねー きのうきょうの私とは大違いです。
観察力が素晴らしいです。

それにしても、なぜ堀が道路の真ん中に?
誰か知ってる人いませんかね。

春になったら、このいにしえのの道一緒に走りましょう。

hideさん
旧相馬道なんてhideさんの家から目と鼻の先ですよ。
我が美郷団地の北にその痕跡が残っています。
旧街道を走るポタリング、春になったらどうです?

うぉ~
おもしろそうな道ざんす!
あけましておめでとうございます。
浜旧道もそうですが、地図ではたどれないですね。
やっぱり土地勘がないと。
何度も足を運んで初めて実感できる歴史の声があると思います。
今年もよろしくお願いします。

ききょうやさん
いいっしょ、むかし道。
交通量が少なくて舗装もまずまずなので
自転車と相性いいっすね。
普通の地図ではわからないですよね。
そのうち一緒に走りましょう。

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