« 競輪選手に出会った! | トップページ | 大森城跡ポタ »

2009年2月24日 (火)

子猫の死

アスファルト道路の端に、ちっちゃい子猫の亡き骸。

やさしい飼い主が結んでくれた赤いリボンを首につけ

眠ったように死んでいる。

もう二度と動き出すことはない。

なんて小さな、そしてあっけない死。

でも実は、人間だってこの子猫と大差ない。

長いようで人生なんてはかなく短いもの。

その限りある人生、無駄にせず精一杯生きていきたいものだ。

県内でも日当りのいい場所は、もう梅が満開です。

春3月はすぐそこまで。

本日のデータ(タニタの体組成計による測定は夕食前で統一)

体重:65.6Kg

体脂肪率:18.3%

筋肉量:50.8Kg

内臓脂肪レベル:10

基礎代謝量:1.463Kcal/日

体内年齢:30歳

走行距離:0Km

ローラー台練習時間:25分

腹筋:100回

スクワット:100回

« 競輪選手に出会った! | トップページ | 大森城跡ポタ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ピナ男さんのやさしい気持ち、いたいほどに伝わってきます。
 かわいそうな仔猫。もう少し生きたかったろうなあ、、、いたいけな亡骸を見ると胸が詰まりますよね、、、
 僕も道で死んでしまっている動物にあった時、冥福を祈ってました、、、 時には道の真ん中で横たわる動物を道路脇まで運んだり、、、 端から見ると僕が轢いてしまったように見えるので、イヤなのですが、でも出来る時はそんな事をしています。動物の小さな命も人間も一緒ですよね。

今、話題の”おくりびと”の中でも蛆の話がありますが、虫の命もこれまた一緒なのですよね、、、
やさしいやさしいピナ男さん、、、小さな命に目を落とせる方は、人の事も、自分の事も大切にされます。
仔猫ちゃんのご冥福をお祈りします。

わたしも“ピナ男さん”と同じように考えることがあります。身近な人の死というのは重く悲しいものですが、たとえ小さな生き物の死だとしても、宇宙的な視点からは一個の生命体の終焉ということにすぎません。たとえばわたしたちが腕に留まった蚊をたたく、道路の上のアリに気がつかず踏みつぶす。これと同じような状況が、わたしたちにも同じように、いつ降りかかってくるか知れません。そう考えてくると、一個の生命の重さ、尊さは生き物全てに等しく、その脆さ、はかなさもまた同じであると・・・。
だから“ピナ男さん”のおっしゃる“その限りある人生、無駄にせず精一杯生きていきたい”のとおり、いままで生きて来れたことに感謝し、全てのものに精一杯愛をふりまきながら、これからも出来る限り自転車を漕いでいられたらいいなと思ったりもするのです。

思わず目を背けてしまいがちですよね。犬はめったに見ないのに猫はかなりの頻度で犠牲になってるのを見ます。
ナイトランの途中でいきなり出てきて轢きそうになったこともありました。

猫が猫であることの証明を己の命かけてしてるのだろうか・・・そんなわけないですね。
人間が発明した車や乗り物ですが、猫は昔から猫だったわけで。
人間にとっては便利な道具ですが動物にとっては鉄の塊が飛んでくるんですから恐怖以外のなにものでもないですよね。
みんなで気をつけて運転するしかないですね。

マットシさん コメントありがとうございます。やさしくは決してないんですが、あまりにも哀れで、・・・。
首の赤いリボンが悲しかったです。
あの子は、なんのためにこの世に生まれてきたのか。
決して死ぬためではないはずだ。なのに・・・。

いくつになっても自分は大人になり切れないとつくずく思います。

kojiさん コメントありがとうございます。
昔は犬や猫が死んでも特に何にも思わなかった気がします。
やはり年齢のせいですかね。
命の尊さ、生命の不思議、地球という奇跡の天体。
お互い自分に許された残りの時間、大切にしていきたいですね。
春のツーリングとても楽しみにしております。

ちゃりけんさん 子猫、なんだか不憫でね、柄にもなくしんみりとしちゃったわけです。
いつもはこんなんじゃないんですけどね。
首の赤いリボンがなんだか忘れられません。
帰りを待ってる飼い主の事を考えるとね。
それまで飛んだり跳ねたりしてた子猫が二度と
動くことがない。
このあまりの落差に悲しくなってしまったわけです。
自転車でひき殺すってことは殆んどないでしょうけど、車の時はお互い気をつけましょうね。
明日はどこか、ロードで出かけたいと思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 競輪選手に出会った! | トップページ | 大森城跡ポタ »