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2008年12月 7日 (日)

古戦場めぐり

寒くなると疼き出す、歴史ポタの虫。

晴天、微風・・・。  寒いけどなんとか乗れそうな気配。

歴史ポタリングなので、歴史ポタ仕様のMTBで出かけることにした。

仕様といっても、ただ古いだけなのであるが。

今日のコースは自宅のある福島市から二本松市と本宮市の史跡を

めぐるプチツーリング。

Imgp1309

二本松市 沖にある粟ノ巣古戦場跡

戦国時代、本拠地を山形県米沢に置き、勢力を南方に伸ばしていた

伊達氏は二本松城の畠山氏を従属させるほど強大になりつつあった。

畠山氏はそれまで230年続く奥州探題という名家であったが、伊達氏の

前に従属を決意。

戦を避けられた礼に、畠山義継が宮森城の伊達輝宗を訪れた。

しかし自分の命が危ないという情報を得た畠山義継は輝宗を人質にし

二本松に向け逃亡をはかった。

しかし、子の伊達政宗に追いつかれたため輝宗を殺害し自分も自害、

畠山主従もろとも討ち死にした場所である。

実際の戦闘はもっと阿武隈川に近い場所であったが、工業団地が造成された

ためここに引越ししたようである。

Imgp1307

近くを時おり東北新幹線がはしる。

写真を撮っていると、やはり歴史ファンらしい中年男性が二人やってきた。

挨拶をしてその場を去る。

Imgp1313

工業団地がほど近い阿武隈川河畔。

二十年ほど前のNHK大河ドラマ 「独眼流政宗」でそのシーンを

放映したことを思い出した。

さて、次の目的地はここから約10kmにある本宮市の「人取橋古戦場」 。

向かい風が強くなってきてペダルを回すのに骨が折れます。

この古戦場は、伊達政宗が九死に一生を得た激しい戦いがあった場所。

Imgp1319

瀬戸川という小川を挟んで佐竹、芦名、相馬氏らの連合軍三万と

伊達軍八千が対峙し戦闘があった場所。

多勢に無勢、さしもの政宗も自ら槍を持ち戦い、全身に二十ヵ所以上の

傷を負った壮絶な戦いであったといわれています。

もしここで政宗が戦死していたら、その後の戦国史はまた違ったものに

なっていたでしょう。

伊達氏の負け戦が濃厚なこの戦いは意外な出来事で幕を閉じました。

連合軍の一翼を担う佐竹軍の参謀が下僕に刺殺されたのです。

この下僕は伊達方のヒットマンではないかといわれています。

同時に、総大将佐竹義重の本国で不穏な動きがあるとの情報が流れ

退却を開始。

この合戦は終了し情報戦をしかけた伊達氏はラッキーな引き分けを

勝ち取ったのです。

Imgp1318

人取橋合戦のあらましを説明する看板。

ところで、この場所も例の大河ドラマ「独眼流政宗」に出てきました。

墓碑は、政宗の老将、鬼庭左月良直のものです。

鬼庭良直は老体のため甲冑は着けずにわざと黄色い綿帽子をかぶり

奮戦し敵の目を引きつけ、主の政宗を守ったといわれています。

良直のおかげで政宗は本宮城に命からがら退却できたのです。

因みに鬼庭氏はその後、名を改め茂庭氏と名のり福島市の茂庭を領しました。

大河ドラマでは鬼庭良直いかりや長助さんが演じていたと記憶しています。

政宗はご存知、今やハリウッドスター渡辺 謙さん。

歴史ポタはこの辺で終了。

そろそろ帰らないと妻殿のコワーイ顔が待ってることになります。

一路福島の自宅へ。

Imgp1320

途中、安達太良山をR4から見ることができました。

残念ながら頂上付近には雲が。

体重:63.9Kg

体脂肪率:17.1%

筋肉量:50.2Kg

内臓脂肪レベル:9

基礎代謝量:1.422Kcal/日

体内年齢:28歳

走行距離:約45Km(MTBペガサス号にはサイコンが付いてないため)

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コメント

“ピナ男さん”本宮へようこそいらっしゃいました。わかりやすい解説をいただき、歴史に疎いわたしも、地元の“人取橋古戦場”のあらましを改めて復習することが出来ました。『鬼庭良直をいかりや長助さんが・・・』そうでしたよね。わたしの家はここからすぐのところです。
わたしは今日も会社で、お昼休みに福島市上町のふれあい歴史館に行き、特別展「和色―福島板倉家にみる日本の伝統色」を見てまいりました。

ピナ男さん、歴史ポタ、待ってましたよ〜!! とってもためになり、一つ賢くなれました。ありがとうございます! しかし、身近にこういう場所があるのですね。
僕が住む郡山は、近世の歴史は浅いように言われますが、もっと古の奈良時代あたりに栄えていたそうで、、、ちょっとイメージ掴みづらいですね〜。
身近な歴史ポタリング、続編楽しみにしていますので、、、またお願いしま〜す!

kojiさん 近かったんですかー この場所。いつも安達太良山の写真を見て、一体どの辺なんだろうと思ってました。あの大河ドラマからもう随分たつんですよね。実は今回、二度目の訪問でした。最初はなんとサイドカーで来ました。バカですよねー。自分が政宗になっちゃったつもりでこの場所に立ったのを思い出します。板倉家に見る伝統色・・・どんな色なのか見て見たいですねー。

あ~マットシさん、喜んでくれたのですか?うれしいです。向かい風の中を必死にペダルを漕いだ甲斐がありました。当時と時代は違えどもまったく同じ場所というのがたまらないのです。やはり政宗はこの場所から安達太良山を見てたのかとかね。もっとも私の妻殿には理解してもらえません。「バッカジャナイノー」ってよく言われます。どっかで聞いたせりふですが。

歴史が丸出駄目男です。
でも政宗くらいは少しは知ってます。
昔に思いを馳せてツーリング。いいですね。
なにかに縁のある場所とか本で読んだ場所とかって行くとちょっと感激しますよね!

ピナ男さん、こんにちは。
いいですね、こういうポタも。
ボクもちゃりけんさんと同じ、歴史が丸出駄目男です。それでも最近は地元を良く知る自転車仲間に連れて行ってもらって、昔のことを知ることの楽しさに目覚めつつあります。
懐かしい福島の風景も楽しませていただいてありがとうございます!機会がありましたらまたご紹介して下さい!

ちゃりけんさん、コメントありがとうございます。鉄道好きな人を“鉄っちゃん”というそうですが、私は石垣や土塁を見ると興味津々状態となります。社内ではパチンコの話が主流でありまして、歴史好きな者は少数派。寂しい思いをしています。グスン。(ρ_;)

103さん こんにちは。昔のことを知るってけっこう楽しいかもしれません。技術が発達した現代でも人の感情ってそんなに昔と変らないんじゃないかと思います。
小学生の頃、意味もわからず温故知新って書道で書いてましたけど、大事なんだと今になって思います。私の住む東北地方は戊辰の戦で破却された城が多く、殆ど残っていません。寂しい限りです。
来年のNHK大河ドラマは新潟、福島が舞台です。今から史跡を訪れるのを楽しみにしていますよ。

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